P団が争議をはじめとする闘いに取り組んだ結果、案件は次々と解決していきます。(ごく一部に長期化してしまう案件もありますが…)
このコーナーでは、解決した案件に関し、簡潔な報告を随時行います。
なお、P団で取り組んでいる案件には、「争議化一歩手前であり争議の準備を行っていたが、争議化する直前に解決した」というものもあり、それらについてもこのコーナーで報告をします。
昨年よりP団としても取り組んでいた、練馬区に所在していたキャバクラ(現在は閉店)における給料未払い・違法「罰金」・店長によるセクハラの問題に対し、当該への謝罪文を含む、勝利的内容での和解が成立しました。
この案件では、東京都労働委員会に対し不当労働行為の救済申立を行ったものの、店が閉店し法人も清算されたため、申し立て相手が「消滅した」ということで闘いの困難が案じられていました。しかしF労ではこの申立を断固として取り下げず、キャバクラユニオン結成も背景として徹底的・原則的な取り組みを続けました。その結果、当該店長などとの間での和解の成立となったのです。
まさに、「夜の論理」だけでなく、交渉相手消滅という「昼の論理」をも乗り越えてかちとられた和解です。
IT会社における退職従業員の残業代未払い取り戻しからはじまり、現職従業員の残業代未払い・パワーハラスメントを追及した争議案件について、当該が納得できる条件での和解が成立しました。
労働基準監督署やハローワークにさえもあり得ない暴言を吐き、労働組合を嫌悪していた会社側担当者ですが、当該を先頭とした組合の闘い、さらには当事者を含む関係者のさまざまな働きかけもあり、和解を成立させることができました。
もちろん労組の第1武器は団結力による交渉ですが、それで解決しなかった場合の激烈な争議行為は第2武器であり、さらに解決を望む関係者の協力を得ることが第3武器なのだ、と、私たちが改めて知ることができた闘いとなりました。
雑貨卸売業を営む会社に勤めていたWさんは、社会保険加入を求めただけで退職勧奨を行われ、妊娠や組合加入を告げると退職強要を行われました。また、事業をまるごと引き継いだ別会社(社長は前会社の親族)にさかのぼって解雇扱いにされました。さらに、F労との団体交渉でも不誠実な態度を繰り返しました。
F労は東京都労働委員会にあっせんの依頼をしつつ、P団はユニオン運動センターのなかまとともに同社社前にて争議行動を組みました。
これが功を奏し、都労委において、Wさんが納得する条件での和解が成立しました。
やはり労組の原点は争議行為です。
池袋北口で営業していたホテルヘルスの従業員Aさんが突然解雇され、その撤回と残業代や深夜割増分などの未払い賃金の支払いを求めていた案件で、東京都労働委員会によるあっせんが成立し、当該が納得する水準での和解が成立しました。
本件は、労働組合に対し徹頭徹尾敵対的な関係をとろうとするチャラ男経営者との徹底的な闘いとなりましたが、最終的にはF労はじまって以来の激しい争議の結果として、経営者をなんとかあっせんのテーブルにつかせ、和解にこぎつけたものです。
争議化寸前まで何度か行きましたが、そのたびに粘り強い交渉の継続となっていた案件の解決報告です。
著名NPO法人は、専従職員として採用したXさんを「職務が果たせていない」ことを理由にいきなり解雇しようとしてきました。
まじめな活動を行うNPO法人は、往々にして逼迫した財政で運営されているという実態について、私たちは十分に理解しているつもりです。しかしだからといって、最低限の労働法規すら守らない、献身的な労働を求めてしまう、という傾向がなんでも許されるはずもありません。
Xさんは退職強要の撤回、さらに自己の生活の確保を優先しつつもNPO法人への協力を続けられるようにするための提案を行い、2009年2月から団体交渉を重ねてきました。退職強要のみは第1回めの交渉で撤回されましたが、それ以外の労働条件等については隔たりも大きく、粘り強い交渉を続けてきましたが、ようやくすべての問題についての解決を見ることができました。
私たちは、まじめなNPO法人の状況を理解しながらも、しかし専従職員も労働者であるという観点がおろそかにされた場合は原則的にこれと闘う、という立場を、これからも貫きます。
Aさんは、行政が後援する再就職支援事業にてプログラマになる研修を受け、インターンを経てN社に正社員として入社しました。しかしN社は、2008年11月、雇用から1年となる直前にAさんに退職強要をしてきました。Aさんがこれを拒否すると、N社の部長はAさんに退職届を無理やり書かせようと会議室に軟禁するなどしてきました。
これを受けてAさんはフリーター全般労組に加入しましたが、N社は労組からの追及に「退職強要なんかしていない、Aさんの雇用は継続されている」などと主張。その一方でAさんには有形無形の嫌がらせが行われ、また社長は団交の席上でいったんは謝罪したにもかかわらずその後その文章化を拒否してきました。
これらのことからAさんは体調を悪化させ、2009年2月より休職を余儀なくされました。
組合は3月より争議行為を開始。大顧客であり株主でもある「親会社」への要請、N社の学生インターンシップでのビラ撒き、Aさんが研修を受けた再就職支援事業の説明会場でのビラ撒き、同事業を後援する行政への要請などを、たくさんの組合員のなかまとともに闘ってきました。
結果、会社は態度を軟化。全体として勝利的内容といえる和解にこぎつけることができました。
あまりに尊大な態度が続く会社側に、争議は本当に効いているのだろうか、という一抹の不安もありましたが、やはり絶大に効いていました。
P団は、交渉で誠実に対応しない会社に対しては、常に争議権を行使し闘います。
職場内でのパワハラ、不払い残業が横行する会社に勤めていたWさんは、執拗な差別や暴言、嫌がらせを受け続け、不眠症に悩まされるようになってしまい、ついには会社を休むように診断されるにいたりました。
問題解決に向けての隔たりがあまりに大きかったところですが、P団による争議と団体交渉の繰り返しにより、Wさんが納得する水準での和解が成立しました。
Tさんは、勤務先の社長らからありえない暴言で脅され、退職強要されました。退職後、労働基準監督署に不払い賃金の申告をすると、社長は労基署の職員にも暴言を吐き、さらにTさんを名誉毀損で訴えるという暴挙に出ていました。
この案件について、P団による徹底的な争議行動に対し会社側は態度を軟化。諸問題すべてについての解決を含む内容で和解が成立しました。
話し合いにマトモに応じない会社に対してはやはり争議が効きました。
偽装請負、多重派遣、無給状態での社員研修、不当解雇、不自然な事業譲渡など、あらゆる問題が集中した案件において、不当解雇などに関し当該が納得する水準での和解が、東京都労働委員会でのあっせんにより成立しました。
この和解は、その余の諸問題について、今後の追及が妨げられないという画期的な内容を含んでいます。
また、和解に至る背景として、P団による徹底的な争議行動の成果がはっきりあったことも確認でき、闘うことの重要性を再認識できた案件となりました。